結局、英語力を支えるのは日本語力

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私が海外出張や現地滞在を通じて強く感じるのは、英語力を支えるのは母国語力、つまり日本語の能力が伴っていないと英語が流暢でも意味が無いということです。

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日本語が上手な人、下手な人

同じ日本人の中にも、日本語が上手い人と下手な人がいます。

別に地方出身者で訛っているとか滑舌が悪いということではありません。

ここで言う日本語が下手な人とは、日本語なのに何を言っているかよくわからない人のこと。

会議などで、小難しい単語や専門用語を交えて流暢に話すのですが、要点があやふやで結局何を言ってるのかわからないような話をします。

こういう人は英語でも同じように要点が定まらない話をするので、結局相手にwhat’s your point?(要点は何?)と言われてしまいます。

一方、日本語で要点を簡潔に話せる人は、普段から相手に伝わるように考えて話す習慣が身に付いているため、英語でも同じように話すことができます。

私がこのブログで幼児や小学生に積極的な英語教育は必要無い、と言っているのは、母国語をきちっと習得しなければならない時期に、その時間を削ってまで英語に時間を割くことは母国語力を低下させることに他ならないからです。

関連記事:
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自国文化に誇りを持っていない人はリスペクトされない

海外企業とお付き合いすると相手の担当者と交流を深める機会も増えていきます。会社対会社の付き合いだけでなく、意気投合すればプライベートで交流する機会もあります。

私が長期出張していた会社では、相手の担当者とランチを一緒にする機会がよくありました。

その会社は米企業ですが、カナダ、インド、シンガポール、台湾など様々な国籍のエンジニアが働いており、よく彼らと一緒に食事に行きました。

大体は他愛もない世間話をするのですが、話の流れで「君の国ではxxxってどうなの?」と振られることがよくあるのです。

例えば

・「日本って今まで一度も他国から侵略されたことが無いって聞いたけどどうしてなの?」
・「日本が自動車産業に強いのは何か理由があるの?」
・「ニンジャはどうして生まれたの?」
・「北朝鮮が日本に向けてミサイルを撃ったのに、どうして日本軍は反撃しないの?」

といったような感じの質問です。

こういった質問になんでもかんでも「いやー、よくわかんないなー」と答えると、自分の意見を持っていない人間として見られるかもしれません。

こういったことは歴史やニュースを見聞きしていればある程度答えられるものですが、何でも「よくわからない」と答えてしまうと「何だコイツ自分の国のこと何も知らないのか」と思われてしまいます。

こういうときは、英語が上手いか下手かは関係ありません。

流暢な英語で「よくわからないなぁ、ははは」と答えるよりも、ヘタクソな英語で「詳しくはわからないけど、個人的には×××だからだと思うよ」と答えたほうがよほど相手の信用を得られます

これは、英語力ではなく日本語で自国の歴史や文化について知識を持っているか、政治・経済に対して自分の意見を持っているかどうかが問われているわけです。

下手な英語でもしっかりと自分の意見を言えることが重要なのです。

日本語力からは少し離れますが、自国文化に誇りを持っていない人は相手にリスペクトされません。

結局、私たちにとって自国文化の根底にはあるものは日本語であり、日本語で自国の歴史を説明できない人に英語で日本の歴史を説明することはできないのです。

英語を完全公用語化すると幸せになるのか?

英語が出来ない人ほど「日本の公用語が英語だったらどんなに楽か」と言う人がいますが、果たしてそうでしょうか?

公用語を英語にしたシンガポールは、アジアでNo.1のGDPを誇る国に成長しましたが、それによって失ったものも少なくありません。

英語教育のモデルとしてよくあげられるのがシンガポールである。住民の多くは中国の福建省や河南省にルーツを持つ中華系だが、公用語は英語であるおかげで東アジアの経済的・学術的中心となっている。しかし、そのことの代償もシンガポールの中国人たちは支払っている。今の若者たちは祖父母と共通の言語を持っていない。先祖が書いた日記も手紙も読めない。先祖伝来の食文化や生活習慣も希薄化している。

文芸評論家の江藤淳は、母語で読み、書き、語ることで伝来の文化に触れる経験を「死者たちとの共生」と呼んだ。その意味でシンガポールの若者たちは「共生すべき死者」を今は持っていない。だから、シンガポール文学というものがない。シンガポール音楽というものもない。シンガポール美術というものもない。オーケストラもあるし、立派な美術館もあるが、楽団員は海外から集めてきた人たちであり、収蔵品は金で買ってきたものである。国民をどうやって国民的に統合するのか、それがシンガポールの最大の悩みだ。

(引用:子供たちよ、英語の前に国語を勉強せよ

シンガポールは旧宗主国がイギリスだったこともあり、英語の公用語化は比較的容易でしたが、反面、母国語を捨ててしまったがために文化的に薄い国になってしまった感があります。

日本は2000年以上も独自の文化を育んできた国です。

そこで育った私達が、その文化を捨ててまで英語のネイティブスピーカーになる必要など全くありません

大事なのは、自国の文化に誇りを持った考え方や発言をしっかりできるかどうかなのです。それには下手な英語でも日本語訛りの英語でもいいのです。